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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)728号 判決

上告人

中野峯夫

右訴訟代理人

奥野健一

早瀬川武

萩原克虎

奥野彦六

被上告人

亡中村ナミ訴訟承継人中村一三

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人奥野健一、同早瀬川武、同萩原克虎の上告理由第一点及び同奥野彦六の上告理由第二について

論旨は、原判決が、本件各手形の振出人である訴外堀池稔の所持人である被上告人に対する手形金支払義務は消滅時効によつて消滅したとしながら、裏書人である上告人の被上告人に対する償還義務はなお消滅せず、上告人は被上告人に対して償還義務を免れるものではないと判断した点について、手形法五〇条一項、七七条一項四号、七〇条三号及び七七条一項八号の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

原審の確定した事実によると、(1) 本件各手形は、いずれも、振出人を訴外堀池稔(以下「訴外堀池」という。)、受取人兼第一裏書人を上告人とし、そのうち最も遅い満期が昭和四六年八月二九日とされるものであるから、上告人の裏書人としての償還義務は右同日から一年を経過した同四七年八月二九日を最後として、訴外堀池の振出人としての手形金支払義務は右最後の満期より三年経過した同四九年八月二九日を最後として、それぞれ消滅時効期間が経過している、(2) 上告人は、本件各手形がすべて支払拒絶され、かつ、その裏書人の償還義務の消滅期間が経過したのちの昭和四七年一一月二七日付けで、被上告人に対し、本件各手形に相当する額面合計二九〇〇万円の約束手形について、自己において絶対に迷惑をかけず責任をもつて返済する旨の確認書を差し入れたうえ、同四八年三月六日、被上告人の代理人である弁護士○○○○(以下「○○弁護士」という。)に対して右二九〇〇万円の内金五〇〇万円を支払うとともに、同弁護士との間で、残りの額面合計二四〇〇万円の約束手形について裏書人としての支払義務があることを再確認し、これを同月一五日までに支払うべく、もし右期日までに支払をしない場合には、裁判上の請求手続をとられても一切異議を述べない旨の確認和解書を交わした、右上告人による確認書及び確認和解書の差入れは、上告人において被上告人に対し、本件各手形についての裏書人としての償還義務を、単に振出人の手形支払義務の存続を前提とするような二次的、補充的な義務としてではなく、実質関係上の事情をも加味することによつて(記録に徴すると、右の実質関係上の事情とは、本件各手形は訴外増田亀吉の訴外松本美夫及び同辻谷勝美に対する金銭貸付けについての担保手形であつて、右貸付けが専ら増田の知人で相当な経歴を有する弁護士である上告人に対する信用に基づいてされた関係上、同人をして連帯保証人として本件各手形に増田と特別の関係にあつた被上告人あての裏書をさせたものであること、そのために本件各手形の不渡りによる責任追求も専ら上告人に対してされていることを指すものと認められる。)、振出人の手形金支払義務の存否を問わないか、少なくともこれと併存する一次的かつ終局的な義務として承認したものとも解される、(3) 上告人は、昭和四八年二月八日到達の内容証明郵便で○○弁護士から本件各手形につき裏書人としての義務履行を求められたのに対して、同年二月九日付けで同弁護土あてに近日中に返済をするとして暫時の猶予を求める旨の内容証明郵便を発し、同年二月二四日及び上告人が前記昭和四八年三月六日付けの確認和解書に署名捺印したのちの同月三一日には、被上告人本人あてに本件各手形の裏書人としての責任を認める旨を明記した私信を発した、(4) 上記上告人の債務確認行為は、上告人において本件各手形の裏書人としての償還義務が昭和四七年八月二七日を最後として時効により消滅したことを知つて時効利益を放棄したかあるいはそれを知らなくとも時効完成後に債務を承認したことになる、(5) 上告人は、本訴第一審係属中であり(記録によれば、本件訴えが提起されたのは昭和四八年三月三〇日である。)、かつ、本件各手形の最も遅い満期から三年の振出人の支払義務の消滅時効期間が経過する直前である昭和四九年六月二四日に裁判所に提出され、同月二六日に送達された訴訟告知書をもつて右各手形の振出人である訴外堀池に対して訴訟告知をしたが、右振出人の手形金支払義務の消滅時効期間が経過したのちである昭和五一年一二月一七日に原審裁判所に訴訟告知取下書を提出し、右堀池に対する訴訟告知を撤回した(記録によれば、上告人は右訴訟告知をしたのち昭和五〇年九月二六日の第一審口頭弁論期日において振出人堀池の債務が時効によつて消滅したのに伴つて自己の債務も消滅した旨の抗弁を提出し、右抗弁を採用して被上告人の請求を棄却した第一審判決言渡後の前記日に訴訟告知を撤回したものであること、右訴訟告知の撤回の直後被上告人代理人の○○弁護士において昭和五二年一月一〇日付けの振出人堀池に対する訴訟告知書を原審裁判所に提出していることがそれぞれ認められる。)、(6) 上告人は、本件各手形請求を認容する手形判決に対して異議の申立をして通常訴訟に移行させ、上告人名義の裏書の成立及び債務承認の効力等について引延しとみられる抗争をしたため、本訴審理に長期間を費やさせ、かくするうちに振出人の手形金支払義務について三年の消滅時効が経過したものである、というのである。

思うに、約束手形の振出人の手形金支払義務につき消滅時効が完成した場合には、裏書人の償還義務もこれに伴つて消滅すると解すべきであるが、前記のように、約束手形の裏書人自らが所持人に対して、自己の償還義務についてその時効期間経過後に消滅時効ないし債務の承認をしたうえ、専ら自己に対する信頼に基づいて右手形を取得した所持人本人及びその代理人である弁護土に対して、再三にわたり、しかも右手形振出人の債務とは必ずしも関係なく自己固有の債務として右手形金の支払義務があることを認めるような態度を示し、同人らに確実にその履行がされるものとの期待を抱かせながら、のちに右態度をひるがえし、その信頼を裏切つて償還義務を履行しようとせず、やむなく右所持人より提起された手形金請求訴訟においても当該手形の裏書自体を否認したりその他種々の主張を提出して引延しとみられる抗争をすることによりその審理に長期間を費やさせ、その間に所持人が専ら裏書人を信頼してその義務履行が確実にされるものと期待する余り振出人に対する手形金請求権についての消滅時効中断の措置を怠つたがために振出人の手形金支払義務が消滅したのに乗じ、これに伴つて自己の裏書人としての償還義務も当然消滅するに至つたとして右義務の履行を免れようとする所為にでるようなことは、著しく信義則に反し、許されないものと解するのが相当である。

そうすると、本件において上告人は、振出人堀池の手形金支払義務が時効により消滅し、同人に対する再遡求による失費回復の余地がなくなつたとしても、信義則に照らし、これを理由として被上告人に対する本件各手形の裏書人としての償還義務の履行を免れることはできないとした原審の判断は、結局において正当として是認することができるものというべきである。論旨は、採用することができない。

上告代理人奥野健一、同早瀬川武、同萩原克虎の上告理由第二点、同奥野彦六の上告理由第一及び上告人の上告理由第二点について

所論の点に関する原審の法令の解釈は正当とはいい難いが、本件においては、右のような解釈によるまでもなく、前記説示の理由により上告人は信義則上被上告人に対する本件各手形の償還義務を免れることができないと解することができるのであるから、論旨は、結局、原判決の結論に影響を及ぼさない判示部分に対する不当をいうものに帰し、採用することができない。

上告代理人奥野健一、同早瀬川武、同萩原克虎の上告理由第三点及び上告人のその余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人奥野健一、同早瀬川武、同萩原克虎の上告理由

第一点 「約束手形の振出人の手形金支払義務につき消滅時効が完成した場合には、所持人は裏書人に対しても償還請求権を行使することができなくなる」との大審院昭和八年四月六日判決の理論は、手形法施行の現在においても、妥当するものと解すべきである。

すなわち手形法五〇条一項が遡及権の行使に手形の返還を要求しているのは、償還をした者にその求償を可能ならしめるためのものであるから、このように内容が損われ、不完全なものとなつた手形を返還して償還を求めることはできないと解すべきであるからであり、他方振出人に対し時効の中断をしないで時効にかけ、主債務者の責任を追求しえないようにした所持人は、不利益を受けても仕方がないと考えられるからである。原判決も一般論としは、この理論を肯定するが如くである。

本件において所持人たる控訴人は、本件各手形につき、各満期より三年間を徒過せしめ、消滅時効満了により振出人の支払義務を消滅せしめたことは明白である。従つて、右判例の趣旨により裏書人たる被控訴人に対し、控訴人は最早遡求権を行使しえざるに至つたものというべきである。

原判決は「被控訴人は本件手形の裏書人としての償還義務が時効により消滅したことを知りながら、甲第九、第十号証の確認書及び確認和解書において償還義務を承認し、よつて時効完成後にその利益を放棄したことになる」と判示する。

しかし、右甲号各証によつては、被控訴人が本件各手形についての裏書人としての当時の償還義務について承認したものであることは認め得るとしても、前記の如く振出人の支払債務が時効により消滅し、その結果裏書人が振出人に対し遡求権を行使することができなくなつた場合までも尚且被控訴人が控訴人たる所持人に対し、何時までも存続する債務として本件償還義務を承認、約束したものとは到底認められない。

すなわち、裏書人の償還義務が直接時効により消滅した場合と、手形の振出人の支払義務が時効により消滅し、その結果反射的に裏書人の償還義務が消滅する場合とは全く異なる事由による消滅であるから、前者の事由により消滅した債務の承認は、後者の事由により消滅した債務の承認とはなり得ない。

然るに原判決は「被控訴人は前記確認書及び確認和解書において、控訴人に対して本件各手形についての裏書人としての償還義務を、単に振出人の手形金支払義務の存続を前提とするような二次的、補充的義務としてではなく、振出人の手形金支払義務の存否を問わないか、少なくともこれと併存する一次的、かつ終局的な義務として承認したものと解することができる。」と認定する。

しかし、被控訴人の裏書人としての償還義務を承認した当時、当事者双方が全く想像もしていない将来振出人の債務が時効によつて消滅し、その反射的効力として裏書人の償還義務が消滅した場合までも包含するような終局的義務として承認したものと解することは、条理に反し、若しくは、証拠に基づかない認定又は被控訴人の主張に対する判断の遺脱があると言わざるを得ない。之を要するに被控訴人の承認による時効利益の放棄によつて復活した償還義務が、更に振出人の債務の時効による消滅により、反射的に消滅したのであるから、控訴人の請求は棄却さるべきである。原判決はこの点において破棄を免れない。

第二点 原判決は、被控訴人が本件各手形の振出人である訴外堀池に対してなした訴訟告知によつて手形法第八六条一項による時効中断の効力が生じた旨判示している。

しかし、同条第一項は手形法第七〇条第三項による再遡求権の時効の中断の方法を定めた規定であるから約束手形の振出人に対する手形金については適用されないものと解すべきである。このことは同条が為替手形の引受人に対する請求権につき規定していないことからも明らかである。従つて被控訴人のなした右訴訟告知によつて時効中断の効力は生ぜず、右訴訟告知は無意味且つ無効であつたと言わざるを得ない。

然らば、本件手形の振出人に対する請求権は右訴訟告知にかかわらず、時効が進行、完成して振出人の支払義務は消滅し、その結果裏書人たる被控訴人の償還義務も消滅したものであることは明らかである。

然るに原判決は、右訴訟告知は本件各手形の満期から三年の消滅時効期間が経過する直前であるから、有効なる訴訟告知なりとして振出人の支払義務が存続するものと判断していることは、手形法の適用を誤つた違法がある。

仮りに右訴訟告知に時効中断の効力が生じたとしても、被控訴人は昭和五一年一二月一七日右訴訟告知を取下げたから当初から時効中断の効力は生じなかつたものである。

原判決はこれについて、時効中断の効力をみずから放棄したものであるから、これによつて不利益を蒙つたとしてもやむ得ず、このような被控訴人を保護する必要がない旨判示する。

しかし訴訟告知は告知人の利益のため認められている制度であるから、これを維持するや否やは告知人の自由であり、これと異る原判決は法令の解釈を誤つた違法がある。

第三点 本件手形はいずれも訴外松本美夫及び辻谷勝美の金円借入に関し交付されたものであり、そして右借入に際しては利息制限法所定の制限を超過する日歩二〇銭の割合の利息を支払つているのである。

従つて、仮りに被控訴人に本件手形の支払義務を認める場合には、控訴人が貸主であつた場合でも、被控訴人において原因関係上の抗弁を主張しないのかどうかについて釈明権を行使したうえ審理すべきであつたのに、原判決にはこれを怠つた審理不尽の違法がある。

即ち、訴外松本美夫及び辻谷勝美は昭和四五年一二月頃から被控訴人の連帯保証のもとに第三者振出にかかる約束手形を担保として、控訴人の内縁の夫増田亀吉から日歩二〇銭の高利を支払つて金融を得ていた。

その方法は訴外堀池稔、若しくはその他の振出にかかる約束手形を担保として差し入れ、日歩二〇銭の利息を天引されていたものである。

本件手形はいずれも松本及び辻谷が前記の方法で金員借入の際交付されたか、又は書替えのため交付されたものであるから、松本及び辻谷は増田に対し利息制限法所定の制限を超過する支払額につき不当利得返還請求権を有し、連帯保証人たる被控訴人も当然これを援用できる。

控訴人は増田の内縁の妻であるから被控訴人としては、真実の貸主は増田であり、控訴人は同人に名義を利用させているに過ぎないと考えていた。

従つて、原判決が認定するように貸主が控訴人であり、且つ被控訴人に本件手形の裏書人としての責任があると認めるのであれば、当然釈明権を行使し、控訴人が貸主であつても、被控訴人において前記原因関係上の抗弁を主張する意思がないのかどうかを明らかにしたうえ審理すべきであつたのにこれをなさずになした原判決は審理不尽の違法がある。

以上の通り、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があるので、破棄されるべきものである。

上告代理人奥野彦六の上告理由

第一、本件控訴判決は、判決に影響を及ぼすべきこと明らかなる法令の違背があるから、これを理由として上告の申立をする。

一、約束手形の裏書人が約束手形の振出人に対して有する遡及権は、当該手形を入手した時又は裏書人本人が、手形所持人から手形訴訟を提起されてから六ケ月で消滅時効に罹ることは明かである。(手形法第七十条第三項)

二、右裏書人の振出人に対する六ケ月の時効を中断するためには、裏書人は振出人に対して、訴訟告知をすることを要する。(手形法第八十六条第一項)

この訴訟告知は裏書人が訴を受けたときから六ケ月以内になすことに依つて、時効中断の効力がある。従つて、訴を受けてから六ケ月を経過した後において、訴訟告知した場合においては、裏書人の振出人に対する遡及権は中断されない。

三、本件において、上告人中野峯夫が堀池稔に対してなした訴訟告知は昭和四九年六月二四日である。即ち本上告人が被上告人中村ナミから、本件手形訴訟の提起を受けた日(訴状送達日、昭和四八年四月二日)より六ケ月以上約一ケ年を経過している。従つて、上告人の堀池稔に対する訴訟告知は、時効がすでに完成後になされているため、本件手形債権遡及権を中断する効果がない。仍つて本件上告人はかかる訴訟告知を昭和五一年一二月一七日付取下げたのであるが、尤もこれにより本件手形につき、その所持人たる中村ナミの堀池稔に対する本件手形金請求とは、全然何等の関係がないものである。

四、然るに控訴判決は、本件上告人が法律上有効なる訴訟告知を取下げたるものと誤認した上、「昭和五一年一二月一七日に裁判所に訴訟告知取下書を提出することによつて、右訴訟告知を撤回しているが」(理由書第一一枚表末尾より同裏に亘る)となしたる上、

これは償還義務の履行によつて振出人に対して取得すべき手形金請求権について、条件付で生じた時効の中断の効力をみずから放棄したものであつてこれによる不利益を承知のうえでなしたことが明らかであるから、そのために償還義務の履行による失費を回復する余地がなくなつたとしても、このような被控訴人(上告人)を保護する必要はなく、

と、誤断した上、更に、

償還義務を履行することによつて振出人に対して取得すべき手形請求権について一旦みずから消滅時効を中断する措置をとりながら控訴審に至り不利益を承知のうえでこれを撤回したのであるから、その結果としてたとえ現在では振出人に対して手形金の支払を請求することができず、償還による失費回復の余地が存在しなくなつたとしても、被控訴人(上告人)は、信義則に照して控訴人(被上告人)に対する償還義務の履行をまぬがれることができない。(理由一三枚目表より裏四行目)

と、誤断を重ねている。

これを要するに、本件控訴判決は手形法第七〇条第三項並に同法第八六条第一項の解釈を誤り、無効なる訴訟公知を撤回したる行為に以つて故意に償還請求権を中断したるものにして、その結果控訴判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背あるものと思量するため、これを理由として上告の申立をする。

第二、本件控訴判決は理由不備の違法あるものと思量するため、民事訴訟法第三九五条第六号に基き上告の申立をなす。

一、本件各手形の振出人の手形支払義務は、各手形の内最後の満期日である昭和四六年八月二九日から所定の三年が経過した昭和四九年八月二九日を以てすべて消滅時効期日が満了していることが明らかである。而して本件被上告人中村ナミが右振出人に対し時効中断の事由について何等の措置、事由の存することの主張、立証がないから、右所持人たる被上告人中村ナミにつき、振出人の手形金支払義務が消滅したことは一見明瞭である。

而して約束手形の手形金支払義務につき、消滅時効が完成したる場合には、所持人は裏書人に対しても償還請求権が行使し得ないとすることは、本件控訴判決が引用した通りである。(理由書一三枚目裏)。

尤も、本件控訴判決は、

本件では裏書人が自己の償還義務について消滅時効の利益を放棄し、しかも振出人に対して取得すべき手形請求権についてみずから消滅時効を中断する措置をとつている点で事案を異にするとなして本件手形債務が消滅時効が完成していても、所持人たる被上告人中村ナミは、上告人中野峯夫に対し裏書人として手形上の債務を請求できると判断している。

しかし、前述の如く振出人に対して取得すべき手形請求権について訴訟告知を取下たることは裏書人たる本件上告人が訴を受けてから六ケ月以上を経過していて時効中断の時期を徒過していたために、訴訟告知を取下げたものであつて、振出人に対して取得すべき手形請求権について、みずから消滅時効を中断する措置をとつたことにはならない。

二、尤も控訴判決は、甲第九、第一〇号証を総合して、

被控訴人(上告人)は、前記確認書及び確認和解書において、控訴人(被上告人)に対して、本件各手形についての裏書人の償還義務を、単に振出人の手形金支払義務の存続を前提とするような二次的、補充的な義務としてではなく、実質関係上の事情をも加味することによつて、振出人の手形金支払義務の存否を問わないか、少くともこれと併存する一次的かつ終局的な義務として承認したものと解することができる。

となして、甲九、一〇号証の作成後に所持人との関係で手形金支払義務が時効消滅したからといつて、上告人の被上告人に対する償還義務もすべて消滅するとは解されないとしている。

三、しかし本件は手形訴訟であつて、手形債務の返還を求むる訴であることは一見記録上きわめて明白である。被上告人が上告人に対して貸金請求の訴訟を提起する事案等ならば格別、手形金請求訴訟が本件の実体である限り、甲第九、一〇号証につき、これを実質的、一次的の事情を加味して解釈したる上、甲九、一〇号証の成立後所持人たる被上告人との関係で振出人の手形債務が消滅したるに拘わらず、これ以上立ち入つて上告人の所持人中村ナミに対する償還義務迄もこれを認めたる控訴判決は、不当であり、理由不備の違法あることを免れない。

上告人の上告理由〈省略〉

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